2022年1月12日よりフジテレビ「+Ultra」にて放映開始、FODにて独占配信中のテレビアニメ「平家物語」。
その第4話「無文の沙汰」の考察・内容整理などを行っています。
- 「平家物語」初心者が書いています。あくまでも私個人の感想、ネタバレ、考察ですのであらかじめご了承ください。
- 平重盛(CV櫻井孝宏)、平徳子(CV早見沙織)の二人をフォーカスしがち(鬼滅の水蟲推しだから)。
- 地上波では2022年1月12日より、フジテレビ「+Ultra」枠にて放送開始予定。
平家物語 第4話「無文の沙汰」あらすじ
高倉天皇の中宮となった徳子(CV早見沙織)はようやく子を宿したが、出産間際で悪霊に憑りつかれうなされる。その悪霊とは先の「鹿ケ谷の陰謀」で清盛(CV玄田哲章)に粛清された者たちの怨念だった。重盛(CV櫻井孝宏)は徳子のため父・清盛にかけあい、粛清した者たちに恩赦をはかるよう説得する。
一方、無事に高倉天皇(CV西山宏太朗)の子(のちの安徳天皇)を出産した徳子。清盛が将来の天皇の外祖父になったことにより平家の力はさらに増大する。しかし、重盛・徳子の妹(清盛の娘)である盛子が突然死。平家衰退の道がいま拓かれる。
- びわ(琵琶法師の娘)
- 平清盛
- 平時子(清盛の妻)
- 平重盛(清盛の長男)
- 平徳子(清盛の娘・高倉天皇の中宮)
- 平維盛(重盛の長男)
- 平資盛(重盛の次男)
- 平清経(重盛の三男)
- 平有盛(重盛の四男)
- 平盛子(清盛の娘)
- 後白河法皇
- 高倉天皇(後白河の息子)
- 西光(後白河の側近)
- 藤原師高(西光の息子)
- 藤原師経(西光の息子)
- 俊寛(後白河の側近)
- 藤原成親(後白河側近、重盛の義兄)
- 明雲(延暦寺住職)
平家物語 第4話の考察(頭の整理)
第4話の前半は、鹿ケ谷の陰謀後、後白河法皇が多くの側近を失い、今様(当時流行していた歌)を書いている姿、そして高倉天皇に嫁いだ徳子(清盛の娘)が子どもを出産するまでの過程が描かれています。
ようやく徳子が御子(のちの安徳天皇)を産んだことにより、天皇家の外戚として勢力を増してゆく清盛そして平家ですが、その隆盛は一時のもの。
これまで行ってきた悪行の数々、そして横暴なふるまいはやがて平家を憎む人たちを増加させ、平家は衰退の一途をたどってゆくのです。
ちなみに鹿ケ谷の陰謀で処刑・島流しにあった人たちは以下の通りです。4話開始時点で亡くなっている人は★。
- 西光(処刑)★
- 西光の息子ふたり(処刑)★
- 俊寛(鬼界ヶ島へ流罪のち自害)
- 藤原成親(備前国へ流配のち死去)★
第4話って何年の話?
第4話は治承2年(1178年)秋ごろ~治承3年(1179年)9月 の話と推測しています。根拠は以下の通り。
①徳子の妊娠~出産
4話の前半では、徳子が高倉天皇のお子を妊娠しているところからはじまります。
お腹のようすを見ているとかなり出ているので臨月か、その少し前かと思います。
徳子が安徳天皇を出産するのは1178年12月22日ですから、4話冒頭は早くて1178年初秋ごろの話と推定できます。
ただ、アニメ内で襖に描かれている花がアジサイなので、もしかすると夏かもしれませんね!
②重盛の病死
残念ながら4話後半で重盛が病死してしまいます。
わかってはいたけど、4話で櫻井さんフェードアウトとはつらい…
重盛の死去した日は1179年9月2日と言われています。
盛子の病死
清盛の娘であり、重盛と徳子の妹・盛子が24歳(享年)という若さで病死します。
盛子はわずか9歳で藤原基実(もとさね、近衛基実)という由緒ただしい貴族のもとへ嫁ぎました。
この藤原基実という人は、藤原北家という家柄の公卿。
藤原北家とは藤原不比等(大化の改新で功績をあげた中臣鎌足の次男)の次男・房前(ふささき)を始祖とする家柄のことです。
藤原基実は若くして藤原家の頭領となりますが、
- ①妻の身分が低いこと
- ②妻の兄(義兄)が平治の乱を引き起こしたこと
により非常に立場があやういとされていた人物です。
そこに実父が亡くなったことでさらに立場が悪くなり、当時絶好調だった平家の力を借り後ろ盾にするため、清盛の娘・盛子を娶ったとされています。
平治の乱とは1160年に起こった(源平合戦の引き金となった)戦。この戦いで源義朝(頼朝の父)が平清盛に敗れ、味方に謀殺されました。頼朝は流刑。ここで清盛が勝ったので平家の力が強まったとされています。
しかし、盛子は恵まれていませんでした。
嫁いですぐに夫・基実は病死、彼の忘れ形見の息子は7歳。盛子はわずか10~11歳で未亡人となり、7歳の息子を育てなければなりませんでした。
基実が亡くなったあと膨大な財産土地は盛子の手にわたり(息子が成年するまで)、結局、盛子の父・清盛は荘園(貴族・寺社仏閣の私有地)の管理を任されることになるのです。
清盛はこれを狙って盛子を嫁がせたのでしょう。
この時代の女性は父や夫に政治利用されることが多く、徳子が「清盛が藤原家の財産に手を出したから神罰が下った」と言っているのも頷けます。
しかし、平家の衰退はここから始まります。
盛子の病死をきっかけに藤原家の財産を平家にゆだねておくのはいかん!と思った盛子の義弟は「藤原家の財産なんだから、藤原家に相続の権利があるんだけど!?平家に渡してていいの!?」と後白河法皇に相談。
結局、法皇が平家から財産を巻き上げたのですが、これをきっかけに清盛と後白河法皇の衝突が深刻になります。
ちなみに盛子の義理の弟は、殿下乗合事件で平家に恨みをもっていた藤原基房です。
無文の沙汰
鹿ケ谷の陰謀(朝廷側の「打倒平家」陰謀)に加担していた藤原成親(ふじわらのなりちか)は重盛の義兄(妻の兄)であり、長男・維盛の義父(妻の父)でした。
もともと父・清盛と後白河法皇の折り合いがよくないため、彼らの間に立つ人間が必要と判断した重盛は、法皇の側近である成親と自分が姻戚関係を結ぶことで、清盛(平家)・法皇の仲を取り持てると考えていたのです。
しかし結局、成親は打倒平家に加担してしまいました。
そのことにより、重盛は平家のなかでも朝廷のなかでも居場所がなくなり、立場が悪くなってしまいました。
しかし平家をこれ以上没落させたくない重盛は、どうしても父・清盛の暴走を止めたい。
そこで長男・維盛とびわをともなって熊野(和歌山県)を詣でることにしました。
そこで彼が願ったのは…
父・清盛の代で栄華が終わり、残った平家の子孫たちが恥を受けるさまを見ずにすむよう、かなうのであれば命を縮めてください。
その瞬間、熊野の神々に重盛の魂が吸い取られてしまい、結果、重盛は病に伏せることになります。
病にふせるさなか、彼が夢に見たのは「春日大明神(藤原氏の氏神)」が清盛の首を取っているシーン。つまりこれは平家が没落していくという意味です。それに打ちひしがれ、重盛は静かに涙します。
死の間際、彼が息子・維盛に渡したのは「無文の太刀」。無文の太刀とは貴族が凶事(葬儀など)に帯刀するものです。
重盛はこれをもって「清盛の暴走」を自分の代わりに止めてくれと言います。
サブタイトルの「無文の沙汰」は平家物語巻第三「無文」「燈炉之沙汰」から来ていると思われます。
無文=「無文の太刀」であり、沙汰は「物事の善悪・是非などを論じ定めること。裁定。また、裁決・裁判」
つまり、「この太刀で清盛の暴走を止めてくれ」という重盛の強いメッセージがこめられているものなんだと思います。
さて、これで清盛の暴走を止められる人がいなくなりました。重盛の息子・維盛は風流人。戦いには不向きです。
しかも彼は重盛と同じく、平家を裏切った成親の娘を妻としていますから、平家のなかでも立場があやうくなります。
今後、維盛には想像を絶する苦痛が押し寄せます。それを入野くんが見事に演じていますから、そこも含めて楽しみにしたいと思います。
あーーそれにしても櫻井さんフェードアウト早すぎるなぁ…